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2026.03.11

東日本大震災が発生して15年が経ちました。

こんにちはアスカ工務店 遠藤です。

今日は3月11日。東日本大震災が発生して15年が経ちました。

自分は、このブログやフェイスブックでも書いてますが、東日本大震災から
5年経った2015年にいろいろな機会があって、3回ほど東日本大震災の被災地に
行っています。

2011年3月11日に発生した 東日本大震災 から5年が経った2016年前後の
被災地では、復興が少しずつ進み始めていたものの、震災の大きな爪痕が
まだはっきりと残っている状況でした。

 

 

 

 

当時の写真より

特に津波の被害が大きかった 岩手県、宮城県、そして 福島県 の
沿岸地域では、かつて住宅や商店が並んでいた場所が広い更地に
なっている光景が多く見られました。
建物が流された跡地には基礎だけが残っていたり、建物が何も
ない平地の中に新しく整備された道路だけが伸びていたりする場所もあり、
街がまるごと消えてしまったように感じられる地域もありました。

また、多くの被災者がまだ仮設住宅で生活していました。
プレハブで作られた仮設住宅団地が各地にあり、そこには
集会所なども設けられ、住民同士が支え合いながら暮らしていました。
しかし、住宅再建の資金問題や高台移転の工事の遅れなどの理由で、
新しい家に移るまでには時間がかかっていました。そのため、
震災から5年が経っても、日常生活が完全に元に戻ったとは言えない状況でした。

沿岸部では津波対策として大規模な復興工事も進められていました。
海岸沿いには高さのある防潮堤が建設され、土地を高くかさ上げする工事や、
町全体を高台へ移転させる計画も進行していました。多くの地域では
ダンプカーや重機が行き交い、復興工事に関わる作業員の姿も多く見られ、
街全体が工事現場のような雰囲気になっている場所もありました。

さらに、福島県では、地震と津波に加えて 福島第一原子力発電所事故の
影響があり、状況はさらに複雑でした。
原発周辺には避難区域が設定され、人が住めない地域も残っていました。
人の姿がほとんどなく、店や住宅が震災当時のまま残され、
時間が止まったように見える町もありました。

一方で、復興の象徴として新しい町づくりも少しずつ進められていました。
新しい住宅地や公共施設、駅などが整備され、将来の生活を見据えた
街づくりが始まっていました。しかし、町が整備されても人口が減少してしまい、
以前のような賑わいを取り戻すことは簡単ではないという課題も残っていました。

このように震災から5年後の被災地は、復興へ向けて前に進みながらも、
震災の記憶と被害の大きさを強く感じさせる状況が続いていた時期でした。
多くの人々が新しい生活を築こうと努力しながら、
地域の再生に向けて少しずつ歩みを進めていた時期でもありました。

 

 

 

当時の写真より

今でも当時の地域の様子をハッキリ覚えています。
特に福島第一原発の近くに行った際、除染された袋が道路に置いてあったり
遠くに福島第一原発も見えました。

 

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